社会問題 Papua New Guinea

オーストラリア難民にパプアニューギニアで出会った。難民支援について。

投稿日:2018-10-21 更新日:

ポートモレスビーでAirbnb(民泊)をしていると色々な出会いがあります。

 

以前、50歳代ぐらいのオーストラリア人女性(仮名:レイチェル)と若いアジア系の男性(仮名:ポール)が我が家に1週間滞在したことがありました。

 

よくよく話を聞いてみると、このレイチェルとポールはFacebookの難民支援ページで知り合い、今回レイチェルがポールを手助けするためにパプアニューギニアに来ているとのこと。

 

ポールはアフガニスタン出身で23歳の青年

 

祖国では戦争が長期化しており安全に暮らせる状態にはなく、家族の中でも若いポールだけが家族の後押しを受けて国を出たそう。

 

ポールは兄も戦争で亡くしていました。

 

アフガニスタンから出て目指す先は、安全で自由な国オーストラリア

 

多くの難民は違法なスマグラー(密輸業者)に大金を払うほか逃げる術はなく、陸路を使いアフガニスタンからマレーシアへ。

 

そしてインドネシアからボートに乗りオーストラリアを目指していました。

 

昼夜問わずに、同じ境遇の人たちと共に命がけで遠い道のりを歩んできたようです。

 

国境警備隊に見つかったら射殺される場合もあります。

 

オーストラリアに着き「難民」として承認してもらえたら、家族もオーストラリアに呼び寄せることができると信じていました。

 

しかし、オーストラリア政府は増えつずける難民をこれ以上受け入れないような政策をすでに打ち出しており、ポールのボートはオーストラリアに着いたものの入国できず。

 

クリスマスアイランドの難民キャンプで数ヶ月待機し、その後オーストラリア政府の政策によりパプアニューギニアの「マヌス島」の難民キャンプに連れて来られた…

 

これがアフガニスタン出身のポールがパプアニューギニアにいる経緯です。

 

私たちがポールに出会った時、ポールがパプアニューギニアに「(仮)難民」として来て5年以上が経過していました。

 

マヌス島の難民キャンプにはイランやイラク、アフガニスタンなどからの多くの難民が収容されており、行動の自由もなく、冷房も完備されていないような劣悪な環境で今も生活をしています。 

 

難民とは?「難民認定されることの難しさ」

難民とは、紛争や人権侵害などから自分の命を守るためにやむを得ず母国を追われ、逃げざるを得ない人たちのことを言います。

 

しかし、難民としてどこかの政府に承認してもらえないと難民にもなれないということをポールから初めて聞きました。

 

ポールのような立場に置かれた人々は、国の事情で逃げざるを得なかったにも関わらず、正当なルートが存在していないために「スマグラー(密輸業者)」を利用し、結果的に不法入国をしたことになります。

 

さらに、スマグラーにお金とパスポートを渡してしまったため、彼らは身分を証明できるものを何も持たず、難民にもなれないのです。

 

パスポートがないため、他の国への移動もできません。

 

どこの国民にもなれず、難民にもなれず、宙ぶらりんのまま世界に置き去りにされた人々がこの世の中にはたくさんいるんだということが分かります。

 

難民キャンプで一番辛いこと「先の見えない辛さ」

難民キャンプにいる時間は「地獄だった」とポールは語ってくれました。

 

戦時中、旧日本軍が使っていた施設を改装しているものもあるようです。

 

パプアニューギニアは寒さとは無縁ですが、日中うだる様な暑さが続き、大量の蚊やアリなどの虫がいます。

 

二段ベッドが敷き詰められたテントや施設は蒸し暑く、プライベートはなく、中には暑さのために外で寝ている人もいます。

 

聞いただけでも辛い難民キャンプの生活環境ですが、ポール曰く一番辛いのは

 

「この生活に終わりが見えないこと」

 

だと言います。

 

食事や物資は最低限のものは揃っており飢えを感じることはありませんが、行動は制限され、やることがない

 

今後の見通しが立てられず、多くの人が無気力状態、鬱の状態になっているということを聞きました。

 

難民キャンプの中には子供たちも大勢生活していて、自傷行為をする子供達や体の不調を訴える人たちも多くいるといいます。

 

祖国に帰国した人たちもいますが、難民キャンプに残る多くの人たちはアメリカやオーストラリアなどに難民として認定されるのを今か今かとキャンプで待つ日々を送っています。

 

その中で、難民キャンプの人々を国に帰らせるように、難民キャンプ内で水タンクをわざと故障させる、心理的に身体的に虐待する事件が発生しています。

 

誰がなぜそのようなことをしたのかは定かではありませんが、とても悲しい現実です。

 

世界の難民支援の状況

レイチェルのように個人や団体として、難民を経済的に社会的に助けようと尽力する人たちが世界にはたくさんいます。

 

このような難民の状況はSNSなどで発信され、ニュースにも取り上げられ、認知を広げていますが、抜本的な改善には繋がっていません。

 

多くの国も難民を受け入れる必要性を感じながらも、生活保障や今後の難民の流出について危惧しており、大きなアクションを起こせずに時間だけが過ぎています。

 

ニュージーランドは難民の受け入れを表明しましたが、同じコモンウェルスのオーストラリアからの圧力もあり受け入れが進んでしません。(ニュージーランドとオーストラリアは国を自由に行き来できるため。)

 

アメリカは難民の受け入れを行なっていますが、イラクの難民だけは受け入れません。(テロリストの問題があるため)

 

しかし、イラク人はみんながテロリストではないですよね?

 

とても残念な話です。

 

日本は最も難民の受け入れが進んでいない国の1つで、年間20人余りの受け入れに留まっています。難民(REFGEE)の落書きがツイッター上で問題になった記憶も新しいです。

 

難民って誰なの??

ポールとレイチェルに会うまでは、難民について何も知りませんでした。

 

難民とは何か悪いことをしてしまった人というような間違ったイメージさえ知らず知らずのうちに抱いていたように思います。

 

しかし、ポールに出会ってポールの状況を知って

 

「難民とは私の友達で、難民とは明日の私かもしれない」

 

と感じました。

 

あんなに素敵な青年のポールが、何の運命の悪戯か難民キャンプで5年以上も過ごすことになり、家族は戦火に怯える日々を送っているということは、何1つとしてポールの責任ではありません。

 

自分が国籍を持つ国の問題に巻き込まれているだけなのです。

 

数年後の自分の国籍がある国が崩壊したり、戦争が始まったりするかどうかは誰にもわかりません。

 

ポールのように、国という自分のアイデンティーを失った人は本当に路頭に迷ってしまうのです。

 

国よりも人権を守ることが世界の重要課題であるという意識を持ち、世界の国々や人々が差別なく難民問題に取り組んでいく必要があると思います。

 

後日…

ポールが難民認定され、アメリカに移住することになったと連絡がありました!

 

一先ず、とても嬉しい気持ちでいっぱいでした。

 

しかし、これがスタート。

 

やっとスタートラインに立てたのです。

 

難民としてこれからアメリカで生活を築き上げていくことは並大抵のことではないかもしれませんが、マヌス島で5年頑張れたんだから大丈夫!

 

これから世界を見て旅をしてと、人生を楽しんでほしいです。

 

 

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